Archive for 8 月, 2009
「白虎隊」「海援隊」そして「田舎で働き隊!」
前回、会津の白虎隊について触れたら、同じく、幕末から明治にかけての「赤報隊」「彰義隊」「奇兵隊」、あるいは軍隊ではないが「海援隊」などなど、「**隊」が気になりだしました。 「海援隊」といえば世間では武田鉄矢でしょうが。龍馬の「海援隊」よりは「金八先生」や「贈る言葉」などで武田鉄矢の「海援隊」のほうが有名でしょう。そ う言えば、「少年隊」というのもあった。いっそ、「白虎隊」にすればよかったのに。最近でも漫画や芸能関係で「**隊」は結構あるようです。 ところが、何と、政府関係でも最近「**隊」が登場していました。それも、農水省の考えた「**隊」です。「田舎で働き隊」。「田舎で働き隊」ですよ。よく見ると、「田舎で働きたい!」と、ビックリマーク付きです。詳しくは、農水省のホームページを見て下さい。 といっても、見る人はほとんどいないでしょうから、引用しておきましょう。 (タイトル)「田舎で働き隊!」事業(農村活性化人材育成派遣支援モデル事業)の募集について (説明)この度、「田舎で働き隊!」事業(農村活性化人材育成派遣支援モデル事業)を行うコーディネート機関の募集を行いますのでお知らせいたします。 なお、今回の募集は平成20年度第2号補正予算の政府原案に基づいて行われるものであるため、成立した予算の内容に応じて事業内容、予算額等に変更があり得ることにご留意ください。 1.趣旨 農村の活性化には、それを担う人材が必要となるが、高等教育機関や安定した就業の場が少ないことなどから、農村では青年層を中心に都市部への人口流出などが進み、活性化の担い手となる人材が不足している。 一方、都市住民の間では農村への関心が高まっており、また、都市住民が農村と協働して農村活性化に向けた取組に携わり、外部の者ならではの「気付き」をきっかけとして、農村の活性化が進展している事例も見られる。 このように、都市と農村の協働は、農村の活性化を図る上で有効な手段の一つであると考えられるが、その推進のためには、農村と都市部等の人材をつなぐ有効かつ汎用性の高い仕組みの存在が必要である。 このため、「田舎で働き隊!」事業(農村活性化人材育成派遣支援モデル事業)(以下「本事業」という。)において、都市部等の人材を農村の活性化のために活用するための人材の仲介業務を支援することとする。 2.募集期間 平成20年12月26日(金曜日)~平成21年2月16日(月曜日)(17時必着) (以下略) どうですか。この事業が、その後どうなっているかは調べる気にもなりませんが、麻生内閣の緊急対策の1例でしょう。農村の活性化に反対する人はいないでしょう。知らない世界なのでコメントすることはできませんが、許せないのはそのネーミングです。 「うしろ髪ひかれ隊」(工藤静香がメンバーだった?)というのがありました。内容は知りませんが、妙に気になるネーミングでした。「**したい」の「た い」を漢字で「隊」としてグループであることを示す。要するに、ダジャレの世界です。ただ、この場合、「後ろ髪を引かれる」を「引かれたい」として、しか も「たい」を「隊」と漢字でとめたところが面白い。「後ろ髪」は、本来なら「引かれたくない」のに、それを「ひかれたい」としたところがミソ。 しかし、「田舎で働きたい」の「たい」を「隊」とし、あまつさえ、「!」を付けたからどうだというのでしょうか。何のひねりもない。庶民にもわかるタイト ルにして、ちょっとシャレたセンスで「隊」にしようと思ったとしたら、もう絶望的。それとも、どこかの広告会社に頼んだんでしょうか。そもそも、「うしろ 髪ひかれ隊」には隊員がいたわけですが、「田舎で働き隊」の「隊員」って誰なんでしょうかねえ。 官僚も、ここまで、言語的に劣化したのか。これは、漢字が読めないといったレベルの話ではない。感性そのものが欠落している。 外務省から「外国に逃げ出し隊?」構想が発表される日も近いでしょう。
白虎隊と高松塚古墳・キトラ古墳壁画と四神
会津と言えば喜多方ラーメンと白虎隊。喜多方ラーメンと札幌ラーメン・博多ラーメンを「日本三大ラーメ ン」と呼ぶことがあるとかないとか。水戸へ行けば、ラーメン発祥の地で「朱舜水ラーメン」というのが以前ありました。もう一つが白虎隊。戊辰戦争の中で も、もっとも烈しい戦いとなった会津戦争の際の「白虎隊」の集団自決は有名です。 白虎隊の「白虎」とは、青龍(東)・白虎(西)・朱雀(南)・玄武(北)の「四神」のうちの白虎です。会津藩は藩士を年齢別に組織し、16・17歳が白虎 隊としていた。以前、生徒から「青龍隊とか朱雀隊というのもあったんですか?」という質問を受けたので、辞書で調べたら、会津藩は兵制改革をおこなって、 18〜35歳を朱雀隊、36〜49歳を青龍隊、50歳以上を玄武隊としたということでした。白虎隊は、いわば予備役のような位置づけだった。若松城の東、 猪苗代湖の近くでの戦闘に敗れ、20名ほどが飯森山に逃れ、城下に火の手があがったのを見て、若松城が落城したと思い込み集団自決してしまった。若松城の 籠城戦はその後も1ヶ月ほど続いているので、早まった自決だったとされています。 ところで、この白虎などの四神は占い好きの人などにはお馴染み、風水ブームとやらで知っている人も多いようですが、日本史学習では高松松塚古墳・キトラ古 墳の時に登場する用語です。高松塚古墳は7世紀末から8世紀初頭ごろと推定される古墳で、人物群像や玄武・青龍・白虎などの彩色壁画が注目され、国宝に指 定されています。ただし、南面は剥落しているため、朱雀は残っていない。盗掘された時に失われたらしいのです。そこで、入試問題でいうと、まずは、「古 墳」という言葉に引きずられて、高松塚古墳壁画を4〜6世紀ごろの「古墳文化」の例としないこと。7世紀後半から8世紀初めの白鳳文化の時期であることを 確認しておかなければならないわけです。ところが、難関私大などでは、ここにキトラ古墳が登場してくるのでややこしくなってきます。 同じ奈良県の明日香村にある高松塚古墳とキトラ古墳は1kmほどしか離れていない。そして、両方とも「四神」の壁画で注目されているので。四神が描かれた 古墳といった場合、その区別をつけておかなければならない。そこで、キトラ古墳は盗掘されていない状態で壁画が確認され、天井には天文図,そして、四面に 四神が確認されたことを確認しておく必要があるのです。高松塚のほうは四神のうち朱雀を除く三つ。キトラ古墳は四神が揃っているわけです。そこで、入試問 題で、四神が描かれた古墳を問われた場合、「四神が揃って・・・」と言う場合は、キトラ古墳と答えなければならないのです。
大和魂と世襲議員と『源氏物語』についての余談
選挙が迫ってくるなかでの夏期講習会。そこで、どうしても脱線してしまうのが「大和魂」「世襲」、そして『源氏物語』です。紫式部には毒がある。末摘花と江戸時代の特産物という前回、前々回の続きです。 「大和魂」という言葉が最初に出てくるのは『源氏物語』だそうです。念のために、『源氏物語』のその部分の口語訳を確認してみました。前回が、不美人の末 摘花だったので、『ブス論』の著者大塚ひかり氏の口語訳(ちくま文庫)を引用させてもらいましょう。光源氏が、元服した息子の夕霧に六位の地位しか与え ず、大学に入れたという部分(少女(乙女)巻)です。天皇や周囲は四位ぐらいの位階が与えられるのだろう思っていたところ、父の光源氏は息子を六位とし、 大学に入れてしまったというところです。その理由を、光源氏は次のように説明します。 「高貴な家の子として官位も思うままで、栄華の中で贅沢に馴れてしまうと、学問などで身を苦しめることは自分とは縁遠い気持ちになるようです。(略) やはり学問を基礎にしてこそ、実務を処理する“大和魂”を世の中で発揮できる可能性も高いでしょう。当面は心もとないようですが、最終的には世の重鎮となるべき心構えを学んでおけば、私がいなくなっても安心できる」と判断したというのです。 高位高官の子は成人とともに高い位を与えられるのが常識だった当時にあって、あえて、六位を与えることとしたのは「学問」を身につけさせるためだというの です。そもそも、8世紀に成立した律令制で、法的に五位以上の貴族の子、三位以上なら孫までが、一定の位階を与えられた。入試でもよく問われる「蔭位」の 制です。また、大学とは式部省の管轄下に置かれた官吏養成機関で、このころは、主として中国の古典や歴史などを、もちろん漢文で学び、その後、試験を受け て官人となっていくのが原則でした。 時代の相違を無視して、イメージ化すると、父、祖父が首相、大臣クラスなら、その子や孫は成人すると学力や学歴に関係なく国家公務員上級職(キャリア)の 資格が自動的に与えられた。もちろん、大学を出て、公務員試験に合格して役人になるルートもあるがこれは二流の役人、政治家。首相の息子の夕霧君は黙って 中央省庁の局長あたりから役人の道を歩み始めるのが普通なのに、何と大学に入って、公務員試験を受けるという、中流以下の道を父に強制されたということに なります。世襲で国会議員となるのは簡単だが、その前提となるのは「学問」だから少し遠回りしろというわけです。その「学問」とは、現在なら、英語と欧米 流の知識。平安時代なら漢文や中国の歴史だということです。原文では「才(ざえ)を本(もと)としてこそ、大和魂(やまとだましひ)の、世に用ひらるる方 も、強う侍らめ。」という部分です。ここを大塚氏は「やはり学問を基礎にしてこそ、実務を処理する“大和魂”を世の中で発揮できる可能性も高い」と訳され ているのです。 「大和魂」は、決して「ニッポン魂」ではありません。『広辞苑』には「①漢才すなわち学問(漢学)上の知識に対して、実生活上の知恵・才能。②日本民族固 有の精神。勇猛で潔いのが特性とされる」とあります。江戸時代の国学者あたりから始まる、「すばらしい、日本固有の文化」といった意味はまったくなかっ た。実務処理能力、一種の処世術といった意味で、それを活かすためには漢文が必要だ。すなわち、「漢才」に対応して生まれてきた言葉だった。 父や祖父から地盤を譲られた世襲議員は若くして国会議員となり、叩き上げの年配の議員を尻目に、大臣や党の要職を歴任して首相を目指す。55年型の自民党 支配の政治構造が産まれたのと同じです。それを支えるのは、正に「学問」を身につけ、二流の地位を約束された官僚と官僚OBの国会議員だった。平安時代も 戦後も同じようなものです。 さて、次の内閣の首班が世襲議員であることはほぼ間違いなさそうですが、「漢才」と「大和魂」双方がそろっているのはどちらか。あるいは、両方ともないの か。処世術では麻生の勝ち? 学問では鳩山の勝ち? どっちにころんでも、日本の政治構造の大きな変革は起りそうにもないところは、まさに「あじきな い」。としかまとめようはありません。
