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大学受験日本史講師 石川晶康によるブログ

Archive for 3 月, 2010

実況中継CD-ROMブックス『日本史B』が発売されました

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『実況中継』の講義部分を、活字ではなく音声(CDーROM・800分)そのもので、テキストはサブノート形式を兼ねる本です。実況中継は話し言葉で書かれていますが、それを実際に話してしまおうというものです。視覚だけでなく、聴覚を重視して、本人の声で、授業そのものを再現してしまおうという企画の第1弾、Vol.1です。テキストを見ながら講義を生の声で聞いてもらおうというものです。この企画がどの程度受け入れられるかは未知数ですが、Vol.1では古代〜近世(前期)を、5月に近世後期〜近現代のVol.2を発売する予定です。2冊で文化史まで含めて日本史Bの学習が完了するようになっています。内容は、実況中継①〜⑤をVol.1・2の12冊にまとめたものですが、構成はやや変えてあります。予備校に〜万円も払うことが難しい、あるいは適当な予備校がない、あるいは、一度ぐらい講義を聞いただけではまったく身に付かないといった悩みにこたえよう。また、視覚だけの参考書ではない、授業そのものを提供しようというのが語学春秋社の目標です。『実況中継』の付録のCDによる年表講義とサブノートを独立させ、サブノート形式のテキスト2冊と音声による講義そのものをCD-ROM2枚におさめたものということです。そろそろ、書店に並び始めましたので、興味のある人は、ちょっと手に取って見てください。繰り返し、自由に、自宅でも通学中でも、必要な時に、必要な形で繰り返し学習できます。ほぼ、24時間以内で一通り日本史Bの学習が可能です。タイトルは少々長く、『石川晶康のトークで攻略・日本史B』Vol.1(定価は1冊1500円+税)です。

Written by Ishikawa Akiyasu

3 月 21st, 2010 at 10:13 pm

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直江兼続から謝花昇へ

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先日、同僚たちと米沢に行ってきました。米沢の町と言えば昨年の大河ドラマの直江兼続ゆかりの地。ということで、町のあちこちに「愛」「愛」「愛」の文字が踊っていました。入試ならもちろん上杉治憲(鷹山)と興譲館ということになるのですが。白布温泉に1泊、米沢牛のステーキを食べて帰京。その後、今度は沖縄に行ってきました。比較的まとめて休めるのがこの時期なので、北から南へということになってしまいました。もちろん沖縄も仕事ではありませんが、やはり、史跡や博物館には行くことになります。今回の沖縄では、謝花昇の銅像の写真を撮ってきました。前回、沖縄本島に行った時にも撮ったのですが、大失敗に終わったので、今度こそはと思ったのです。やはり、うまくはいきませんでしたが、どうやら顔が判別できそうな1枚がこの写真です。

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謝花昇は沖縄民権運動の中心人物で、沖縄県が派遣した留学生の一人。東大で農学を学び、沖縄に帰って高等官として活躍した人物ですが、元薩摩藩士の県令奈良原茂と対立、役人を辞めて、中央政府と奈良原の独裁的県政に対抗し、参政権獲得運動など取り組みました。明治政府は、沖縄や北海道の人びとを本土並には扱わず、差別し、衆議院議員の選挙権も認めなかったのです。運動に行き詰った謝花は県外に活路を求めるのですが、1901年、旅先の神戸で発狂し、その後、郷里に戻り病死してしまいます。

謝花の出身地の東風平(こちんだ)の丘の上に建つのが上の銅像です。港川人の発見された港川の近所です。

ところで。ホテルに戻って、鶴岡八幡宮の大銀杏が倒れたというテレビのニュースに驚いたりしていたあと、ふと、妙な因縁に気付きました。

謝花昇たちを、県費留学生として送り出した県令は上杉茂憲(もちのり)だった。米沢に行ったときにはまったく思いつかなかったんですが、県令として、沖縄自身の近代化のために、沖縄の人にも高等教育を受けるチャンスを与えようとしたのは、廃藩置県によって最後の米沢藩主となった上杉茂憲だった。「琉球王」とよばれた奈良原のような、沖縄を蔑視し差別策をとった県令が一般的だった明治時代に、沖縄そのものの発展を目指した上杉茂憲は異色の県令だった。たまたま、つい3日ほど前に、その上杉の本拠地の米沢に行ったことを、謝花の銅像の写真を撮っているときにはすっかり忘れていた。ホテルにもどってから、「そう言えば・・・米沢・上杉治憲・・・上杉茂憲・謝花」と結びついたのです。あらためて、上杉治憲・興譲館、という教育重視の流が、幕末の茂憲の時期まで継続していたというわけではないかもしれませんが、なんとなく納得してしまったわけです。

ちなみに、琉球王奈良原茂の方は、幕末、1862(文久2)年の寺田屋事件で、同じ薩摩藩の尊攘派の活動家を粛正した側の一人です。伏見の寺田屋は大河ドラマだと坂本龍馬襲撃事件で出てくるかもしれません。

Written by Ishikawa Akiyasu

3 月 19th, 2010 at 12:50 am

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