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大学受験日本史講師 石川晶康によるブログ

Archive for 7 月, 2010

早慶大日本史の予習

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予習にとりかかっている人は、つぎの点に注意してください。
①何も見ないでやってみる。わからないところは、いちいち調べたりしないで、飛ばしておけばok。
②忘れたところをチェック。テキストやノートを見てみる。該当箇所が見つかったら、その箇所を、後からわかるようにマークしておく。
③調べてもわからない問題にもう一度チャレンジ。そこだけを考えないで、問題文をもう一度読み直すこと。
④どうしてもわからない場合はあきらめる。もちろん、教科書の欄外の註やコラムから答えを探してもよい。
ここまでやっておいて、講習会に臨んでください。そこからが、本当の受験勉強です。

Written by Ishikawa Akiyasu

7 月 23rd, 2010 at 4:50 pm

『教科書よりやさしい日本史』完成 

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『教科書よりやさしい日本史』(旺文社)が完成しました。見本刷りが今日届きました。書店に並ぶまであと少しです。たまたま、今日は河合塾の同僚で旺文社で本を出している先生たちと、旺文社の社会科担当の編集の皆さん、営業の方などとの会食の日でもありました。その時、ぜひ受験生だけでなく、一般の方にも読んでもらいたいものだという話になりました。西尾鉄也氏のイラストの素晴らしさが、小生の文字の説明部分とどのように連関するか? 正直なところ、発刊後、読者に聞いてみなければわかりません。新しい試みでもあり、期待と不安が交錯している情況です。なんとか、単なる受験用の参考書ではなく、日本史に興味はあるが高校では未習だった、あるいは、授業では興味も湧かず、ほとんどおぼえていないという社会人の方にも、高校レベルの日本史の基本を知ってもらいたいというのが、本書の一つの目標なのです。ただし、社会人をも対象にするからといって、ドラマとしての歴史、教訓としての歴史について興味を喚起するというものではありません。経済史や外交史、文化史なども含めた基本的な、必須の知識を紹介したものですから、大河ドラマ的な興味を満たすものではありません。「面白い話」や「蘊蓄」を期待される方には不満が生ずるかもしれません。しかし、荘園公領制を知らずに源義経などの英雄に興味をもっても、所詮は小説的なドラマの世界。太閤検地の内容や大名知行制を知らないで江戸時代に興味をもっても、せいぜい、根拠の無い懐古趣味に終わってしまうでしょう。もし、本書に興味持ってくださった方は、その点を理解していただきたいものです。歴史にドラマを求める前に、その舞台となった各時代の政治・制度、外交、経済などを理解すること。そのためには、部分的ではなく、古代から現代までの基本的な知識を、時間軸にそって整理することです。

Written by Ishikawa Akiyasu

7 月 15th, 2010 at 11:52 pm

相撲と興行 選挙とワールドカップ

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現在の大相撲につながる、江戸時代の相撲について、教科書(山川・詳説日本史)の記述を紹介しておきましょう。江戸時代のコラムに、「娯楽の代表は歌舞伎と相撲であった」「相撲は近世前半には大名や旗本など武家だけが楽しむ娯楽であった」とあります。相撲、歌舞伎は現在につながる「娯楽」ですが、念のため、古代の宮中の儀式としての「相撲」が江戸時代に復活したものではないことは注意しておきましょう。歌舞伎は、そもそも近世に成立した芸能です。「大名」などの武家が楽しむというところはあまり知られていないでしょう。大名たちは、武士である家臣を抱えていたわけですが、茶人、学者、種々の芸能人をも競って抱えていきました。要するに、すぐれた芸能人や芸術家、武術の達人などを雇っていった。これは、室町時代にも盛んにおこなわれたことですが、大名たちは力自慢、格闘家を雇っていった。彼等を闘わせて楽しむだけでなく、強い相撲取りを抱えていることを自慢したかったのです。もちろん、今も昔も民衆の格闘技に対する興味は強いものです。民衆は「総合格闘技チャンピオンは誰だ?」といった関心からも、相撲の興行を待ち望んだ。幕府は治安上、風俗上からなるべくこれを抑え込もうとします。しかし、幕府としても、民衆に一定の娯楽を与えざるをえないということとなり、相撲の興行を認めるようになりました。
教科書に、「幕府は1744(延享元)年四季勧進相撲を公認した」とあります。格闘技としての相撲を生業とする「渡世集団」の興行を認めることとなったわけです。人気力士もあらわれ、「1791年(寛政3)年には、初の将軍上覧相撲が江戸城吹上庭で挙行され」るにいたった。
そして、この「将軍上覧」、すなわち将軍の相撲観戦が「相撲に格式と権威を与え、相撲は娯楽の花形となった」というのです。
ちなみに、天保の改革では風俗統制が徹底され、もう一つの娯楽の王様、歌舞伎の役者は町を歩く時にも「編笠をかぶらされ」、さらに興行場所も、江戸の中心部から強制移転させられています。これも、教科書に、「三座(歌舞伎)を場末の浅草に移転」が載っています。難関大で時折出題されるので受験生は「三座」も暗記するぐらいです。
さて、その後、幕府は倒壊。明治天皇を神とする維新政府が登場するという大変革が起ります。そして、その混乱の中から、相撲の興行が復活するのです。「渡世集団」は、今度は天皇陛下から優勝カップを賜るようになって、将軍の上覧ではなく「天覧相撲」でその権威を確保することとなったわけです。
今日では、なんとなく、相撲は「国技」だという主張も現れるようになったわけです。相撲のどこが「国技」なのか? いろいろな評価はあるでしょうが、一応、歴史的な経過を踏まえた上で議論するべきでしょう。伝統的な、形式、様式を遵守する芸能であることは異議のないところでしょうが、その「伝統」の由来、形成過程とスポーツとしての要素をどう見るかはなかなか微妙でしょう。
只今、民主党幹部がテレビで色々とコメントしている最中です。
どうやら、政治も選挙も、じつは「興行」だったりして。そして、あと何時間かで、本当の、世界的な興行が始まります。スペインかオランダか。

Written by Ishikawa Akiyasu

7 月 12th, 2010 at 12:19 am

相撲と七夕

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昨日は雨の七夕でしたね。トップ・ニュースはNHKの大相撲中継の中止決定。「品格」がどうのこうので朝青龍が問題視され、今度は賭博で大関や親方が処分とのことです。暴力団がらみではNHKも中継を断念せざるをえなかったんでしょうか。
ところで、古代の朝廷での儀式の代表的なものの一つに「相撲節(すまいのせち)」があったことはよく知られているところでしょうか。全国から集められた力自慢、今で言えば格闘家に技を競わせ、天皇や貴族たちがこれを鑑賞したのが始まりだとされています。『続日本紀』によれば、聖武天皇が諸国から「相撲人」を集め、宮中の庭でその技を競わせたとあるのです。そして、それは7月7日の七夕の日の「詩宴」の際に行なわれたものでした。要するに、相撲を観ながらの酒宴が催されたというわけです。その後、9世紀には式日は7月7日から16日へ、さらに25日、月末と変更され、場所も変わっていきますが、12世紀後半、1174年を最後に廃絶してしまったとされています。
それにしても、NHKも相撲中継の中止決定を、よりにもよって七夕の日、相撲節の式日の7月7日に発表するとは・・・。もちろん、そんなことは考えもしなかったんでしょうが。
ちなみに、教科書に出てくる相撲の話は改めて、次回ということにしておきます。受験生の人は、教科書に載っている「相撲」をチェックしておいてください。

Written by Ishikawa Akiyasu

7 月 8th, 2010 at 12:16 am

西尾鉄也氏との合作・「教科書よりやさしい日本史」まもなく発刊

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教科書よりやさしい日本史」(旺文社)が今月下旬に刊行されます。旺文社の編集者岡崎氏の新企画です。アマゾンなどで予約発売中ですので、関心のある方は見てください。「教科書よりやさしい日本史」あるいは「西尾鉄也」氏の名前で検索していただければすぐにでてきます。

ところで、今夜は恒例の屋形船での宴会がありました。東京湾の夜景を海から見るというのはなかなかイイものです。幕末、外国船の江戸湾侵入に備えて大砲を据え付けるために築かれた台場のあたりには、現在はフジテレビの「お台場」がありますが、その前に屋形船を留めての宴会です。今年は、天候に恵まれず残念でしたが、大声を競うようなカラオケ大会でおおいに盛り上がって終わりました。

Written by Ishikawa Akiyasu

7 月 5th, 2010 at 11:45 pm

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